芸協トピックス

楽屋裏話

  • ★寄席・協会の関係★(番外篇) ~社団法人落語芸術協会事務局長 田澤 祐一~

更新日2007年11月27日

ここの所、ご無沙汰しまして申し訳ございませんでした。
何しろ慶弔事が多く、時間的に余裕が無く久し振りに書いております。

芸協まつりは多くの皆様にお出で頂き、第一回目にしては成功の内に終えたと感謝しております。慶事はどんなに忙しくても楽しいものですが、弔事は哀しく寂しいものです。
鏡味次郎師匠から東京ボーイズの旭五郎先生・檜山さくら師匠・晴乃ピーチク先生そして桂南八師匠と三ヶ月位の間に5人もの方々がお亡くなりになりました。ご冥福をお祈りいたします。今回は番外ではありますがこの内の晴乃ピーチク先生との事を書きます。

今から10年以上も前の事ですが、その頃年に一度秋の事業で文化庁移動芸術祭寄席芸能公演がありました。協会の幹部も必ず参加する地方公演でピーチク先生も参加されました。 この年は北海道から関東まで8公演あり、初日は北海道の幌別公演でした。北海道での公演は、この幌別と江別の2公演で一行(歌丸師匠を座長に小遊三師匠・故猫八師匠他12名)羽田空港から稚内空港に飛び、ひとまず稚内のホテルに入り、少しの休息後すぐに幌別の会館へ行く、初日から強行なスケジュールで、到着後約40分休息で集合。
猫八師匠がホテルの支配人と知り合いらしく、ロビーで談笑していた。さて、チャ-タバスが着て皆さんを誘導して後ろから数を1,2,3,4,・・・10,私を入れて11?一人足りないバスの中を見て1,2,3,4,・・・11。やはり足りない? お囃子の照子師匠が居ないと気づきフロントの内線で電話。本人が出て「ベットに横になったら寝てしまった、すぐにロビーに降ります。」待つこと5分で降りてきた。良し全員集合だ出発。支配人が丁寧に見送ってくれ、バスは一路幌別へ。バスの中は早くも寝ている方ありお菓子を食べてる方あり、前座さん・二ツ目さんは窓の外をみて「あっ牛ですよ牛」道の右側は海岸線らしく防風林が続き、左側は見渡す限り牧場地帯になっている。最初は「牛だ牛だ」騒いでいたが、何しろ同じような風景がひたすら続き牛また牛の世界。その内「あっっ人間だ」本当だ、師匠人間です。「馬鹿~そんなに人が珍しいか?」実にくだらない会話だ。私「こんな所で落語会やってお客は来るのかな?」不安な気持ちをよそに予定より早く会館に着いた。もう開場待ちのお客さんの列がある「良かった」。楽屋割をして皆リラックスしていると、ピーチク先生が

ピーチク先生「ども、いや~参ったよ~」
小遊三師匠「先生はバスが苦手ですか?」
ピーチク先生「バスはいいけどさ~追いかけてきたんだ」
小遊三師匠「??何に追いかけられたんです?」
誰かが「先生、雌のキタキツネですか?手が早いんだからも~」皆大笑い。
ピーチク先生「あれ、俺は皆さんが心配していると思ってさ~」
「先生、お年だからあまり若いキツネはよした方がいいですよ。身体にさわりますよ」また笑いが起こる。
ピーチク先生「あのね、誰も気づかないの?俺はバスでなく、タクシーで着たんだよ」
皆「え~!?キツネに化かされたんじゃないの~」
ピーチク先生「ロビーに行ったら支配人が皆様もうご出発されましたが、、。遅れた俺も悪いけどさ~こんな所で置いてきぼりは酷いよ、こんだけ人が居て!!誰も俺がバスの中に居なかった気づかないのかな~!!」ぼやくこと。気が付くとそばに居るのは私だけ。
皆さん蜘蛛の子を散らすように居なくなってる。
私「すいません。人数は数えたんですが。本当にすいません」。険悪な状態だ~。
確かに人数は乗り込み時とバスの中と2度数えた?おかしいな~判った!!あの支配人だ!後ろから数えた時、確かに猫八先生と肩を組むように乗って行った、あの小柄な背広の人はピーチク先生じゃなく支配人だったんだ。バスの中では通路に立って背を向けて、猫八先生と話していた人も支配人で、私がロビーで照子師匠を待ってる時に降りて見送りしてたんだ。理由は判ったがこんな説明信用してくれるかな?
この後、歌丸師匠と小遊三師匠の取りなしで何とか許しを得たが冷や汗ものだ。
先生は私のミスは笑って許してくれたが、凄く寂しそうな背中が今も目に残ってる。
寂しい思いをさせて本当に申し訳ございませんでした。心よりお詫びとご冥福をお祈り致します。 合掌

前日は積み残しと言う最悪の日であった。移動の二日目この日こそ何事もなく進行しょうと朝早起きをして気合を入れ直した。この日は江別公演で稚内から千歳まで飛んでそこから車で江別のホテルに入るのだが、地元の主催者から宿は手配して置くとの事前の申し入れがあり甘える事にしてあった。江別市内から奥に入った温泉宿で雰囲気もよく皆さん満足そうであった。地元の担当者も先に宿で待っていて歓迎してもらい、早速部屋割りの確認。すべて和室だがあいにく混んでいるのか部屋数が予定より2部屋少ない6部屋!

急きょ作り直しで、歌丸師匠が1人部屋・猫八師匠はまねき猫さんと親子で相部屋・お囃子の照子師匠は一応女性だから(失礼)1人部屋・曲芸のボンボンさんは2人で相部屋・若手真打と二ツ目と前座と私は狭いが4人で1部屋。本当は1人部屋予定の小遊三師匠とピーチク先生相部屋で1部屋。何とか6部屋で収まり、皆さんそれぞれ部屋へ入ってもらった。我々の部屋に着いた瞬間!小遊三師匠が入って来て

小遊三師匠「何とか別の部屋はないのか?」
私「すいません8部屋で言ってあったのですが、あいにく6部屋しか取れないとのことでして、、、」
小遊三師匠「そこを何とかしろ!!お前な~よく考えてみろ、相部屋はしょうがないけど、おまえ、俺は先生より早く寝て遅く起きないといけないだろ~」私「・・・判るような?」
すぐにフロントへ飛んで行き交渉したが満室でどうにもならないとのこと。すごすご部屋に戻ると小遊三師匠がお茶を飲みながら

小遊三師匠「ダメか?」
私「満室でどうにもならないようです」
小遊三師匠「さっきも言ったが同じ相部屋でも相手を考えろよな~お互い気まずいだろ~おまえ、判るだろ理由が~。それと、今後は宿泊関係はこちらで必ず取るか、先方が取るならすべてシングルの部屋で頼まないとダメだぞ!」
私「すいません」
小遊三師匠「じゃ~しょうがない俺はこの部屋で寝る。」
それでなくても狭い部屋に5人!!
小遊三師匠「田澤、お前は責任取って、照子師匠の部屋へ行け」
私「それだけはご勘弁を~お代官様~」
小遊三師匠「冗談だよ。でも本当に俺はここで寝るからな」
小遊三師匠は優しい師匠だからこれで済んだが、本当なら私は廊下で寝るようなしくじりだ。公演は満員の盛況で満足だったが、狭い部屋に5人で夜明けまで飲み会が続き寝ることも出来ず、まだ二日目にしてへろへろ。

教訓「旅の仕事の部屋は必ず各人1部屋のシングルにする!!。」

これを読んでる皆さん何故ピーチク先生と相部屋はダメか判りますか? 今から3年位前にいきなりピーチク先生が「俺さ~だいぶ以前から実はカツラだったんだよ判らなかった?」。その時はわざと驚いた振りをしたが「先生!初めてお会いした時から知ってました。」こんな事書いて本当にすいません。 合掌

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