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興行の報告

  • 九月下席 新宿末廣亭 三笑亭夢楽を偲ぶ会公演

更新日2007年10月4日

私共の師匠「三笑亭夢楽」が旅立って早や二年、三回忌。月日の経つのは本当に早いものです。
師匠と馴染みの深い新宿末廣亭に於いて「三笑亭夢楽を偲ぶ会」を開かせて頂き、師匠と縁のある師匠方にご出演いただき十日間盛会の内に終える事が出来ました。トリは師匠の十八番を弟子が日替わりで努めさせて頂きました。茶楽「三方一両損」、夢丸「反魂香」、楽輔「寄合酒」、夢太朗「大山詣り」。
仲入り後の座談会では、ゲストの方々に夢楽の思い出を語って頂きました。

桂米丸師匠は夢楽が昭和24年に入門した古今亭今輔門下の兄弟子。
三笑亭笑三師匠は昭和26年三笑亭可楽門下に移った時の兄弟子、師匠は夢楽と同い年。十日間対談にお付き合い頂きました。
桂歌丸師匠は共に今輔師匠の元弟子
玉置宏先生は夢楽とよく似ていると言われた時期がありお互い間違われた事もあったそうです。
三遊亭小遊三師匠はよく夢楽師に稽古をつけてもらったそうです。

桂 米丸

「初めて会った時、、?あまりにも昔すぎて忘れましたヨ。!最初は私と同じように「バスガール」とか、新作から稽古していたんですが現代の噺があわなかったんでしょう。可楽師匠のところへお酒一升ビン一本でトレードされ古典落語に取り組み始めました。口調が合わないとか色々悩んだんでしょう。大喜利でも活躍されて、私が司会をしていたこの末廣亭から生中継したNET(現、テレビ朝日)の「日曜演芸会」の大喜利コーナー「末広珍芸シリーズ」のメンバーでしたヨ。爆笑の答より、ピリッと辛口とかウィットにとんだ答えが多かったですね~。ある時こんな問題が出た時の答えを思い出しましたヨ。「こんな病気の人が見るテレビ番組」夢楽さんの答え、、「イボ痔、切れ痔、脱肛痔の人が見るテレビ番組、、、三時(痔)のあなた!」そんなかんじの軽妙な答えがいっぱいありましたね~。」

三笑亭 笑三

「夢楽さんと米丸さんとあたしは同じ年なんですよ。10月28日が私の誕生日(夢楽の命日も10月28日)で80歳のお祝いをしているところへ夢楽さんが亡くなったって知らせが入ったんですが、親類縁者友人知人がお祝いしてくれている席を空ける訳にはいかなかったんですよ。皆が「おめでとう!万歳!」ってやってくれているんですから。。」
一同「知らせを聞いてから又、万歳したんでしょ?」(笑)
「夢楽さん、米丸さん、それに大勢の仲間と「ねどこプロ」という映画制作の集団を作って落語を題材にした映画を何十本と制作しました。夢楽さんは ナレーションをやったり、出演したりの大活躍でした。
10月28日「芸協らくごまつり」で上映しますからぜひ、皆さん見に来て下さい。」

桂 歌丸

「夢楽さんとはよく一緒に海外公演に行きました。アジア、アメリカ、ヨーロッパ、、、アフリカはケニアにも行きました。飛行機が遅れて二人っきりで空港で通訳も居ない状態で五時間も待ったりした事もありました。夢楽さんは北京大学卒業ってプロフィールにありましたよね。(北京大学卒は実は怪しいと皆思っていてある女性タレントが某国の某大学卒っていっていたのがバレた時、夢楽のプロフィールから北京大学卒業の文字が消えていた?)
でも私は中国で現地の人と会話しているのを見ましたよ?。」
一同(それは、現地の人が日本語がしゃべれたんじゃないですか~?)(笑)

玉置宏先生

「学生時代からの落語ファンで神田の立花という寄席によく通っていて、そこで亡くなった橘右近師匠(寄席文字橘流家元)に声をかけられ、「学生さんは落語好きだね~」と言われた憶えが有ります。文化放送のアナウンサーから「ロッテ歌のアルバム」の司会になった頃、夢楽師匠と間違われた事がありました。(髪型も顔も似ていた。夢楽本人も玉置さんと間違われた事があった)
夢楽師匠と馬の助師匠が主になって「若手落語会」、今でいうホール落語のハシリですかね。第一生命ホールでやっていたときのメンバーは、柳朝さん、志ん朝さん、まだ照蔵、朝太の頃からでした。あと全生さんが今の円楽さん、小ゑんさんが今の談志さん。皆さん若手でバリバリの勢いのある噺をされていらっしゃいました。その時のリーダー格が夢楽さんでした。」

三遊亭 小遊三

「夢楽師匠にはよく稽古をつけて頂きました。
「長命」という噺を教わって何年も経ってから自分流にやっていたら、たまたま夢楽師匠が楽屋にいらしたんですよ。降りてくるなり「あそこはこう!ここはこう!」とまた教わっちゃいました。」(笑)
一同「その噺この後、演るんでしょ?」
小遊三「ん~~~!?」
(ちなみにその後のネタは「長命」でした)

しくじった話、怒られた話、沢山有りすぎて語り尽くせません。
私が海外へご一緒した時の話を一つ。
インドネシアのジャカルタでの公演、もう三十年位前のことです。
ホテル内の大きなホール五百人くらいのお客様。一番前に大きなイスが一つ、デーンと置いてあり、係の人に「あそこは?」って聞くと「デヴィ夫人(スカルノ元大統領代3夫人、、、当時は大統領もお亡くなりになっていましたが)がお忍びでお見えになります。」・・・どんなかたちでお忍びで来るのかと舞台の袖から覗いていると派手なスーツに大きな帽子!!どこがお忍びかしら?。師匠夢楽にその事を伝えると「よしっわかった!」と高座へ出て行く。
その時演った落語は「妾馬」でした。詳しくは申しませんが落語を少し知っている方なら内容は理解して頂けると思います。

大勢のお客様にお越し頂いた「夢楽を偲ぶ会」。出演して下さった先輩師匠方、仲間の皆様、一門の孫弟子の皆さん、そして大きなお力とご協力を戴きました新宿末廣亭、北村幾夫社長様、芸協事務局の皆さん、その他大勢の皆々様。お陰様で師匠三回忌偲ぶ会が出来ましたこと、弟子として師匠への良い供養ができました事、一門弟子一同、心より感謝申し上げます。
ありがとうございました。合掌

三笑亭 夢太朗

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